次の患者さんのカルテは・・・・「胃が痛い」と言っているようだ。
患者さんが診察室に入ってもらう前に、discussionしておこう。
鑑別疾患をまず10個あげてごらん。
「はい。胃潰瘍、胃炎、十二指腸潰瘍・・・。」
あとは?
患者さんの表現が正しい病態を伝えていると思うかい?
例えば心筋梗塞だって下壁梗塞なら胃のあたりが痛いと感じる事はあるはずだろう?
「あっ!そうでした。」
大切なことは患者さんの訴えを、医師として理解しやすいようにtranslation(翻訳)することだ。
だから、この患者さんの訴えは心窩部痛と置き換えて聞くべきなんだよ。
「なるほど、わかりました。」
でも間違っても、患者さんに心窩部痛ですねと確認してはいけないよ。
医師が高圧的だと勘違いされて、それ以上の情報を引き出せなくなるかもしれないからね。
「心窩部痛」これはあくまでも頭の中だけにしておくこと。いいね。
「わかりました」
さて続きを聞こうか。
「えっ?」
まだ三つしか言ってなかっただろう?
「あ、はい。心筋梗塞。・・・逆流性食道炎?」
うん、それもありだな。それから?心窩部には何がある?
「胃、肝臓、胆嚢、膵臓・・・」
だとすれば?
「胆石、胆嚢炎!急性膵炎!肝炎」
うん、うん。あとひとつ
「うーん」
降参かい?今日ははじめての外来だし、まだ患者さんはいないからそれぐらいでいいでしょう。他には急性虫垂炎の初期像。痛みは心窩部から徐々に下に移動するって言うだろう?腸閉塞だって、「おなかが張って痛い」という表現を患者さんは「胃が痛い」と言って来ることはあるんだぜ。尿管結石は背部痛と短絡的に考えるのは間違いだ。お腹が痛い、「胃が痛い」と言うことだってあるんだよ。
医療において大切なことは「すべての可能性を排除しない」ことなんだ。
「わかりました」
患者の訴えを聞いたら、まずは鑑別疾患10個あげてみよ。肝に銘じておいてくれよ。因みに今回は初めてなので、許すけど慣れてきたら鑑別疾患は可能性の高いものから並べること。いいね。
「はい」
次に別な質問。なぜ鑑別疾患が大切だと思う?
「診断がつかなければ治療ができないから?」
その前にすることがあるだろう。診断をするためだよ。胃潰瘍なら胃内視鏡。胆石なら超音波。膵炎なら造影CT。何を考えるかによって、しなければならない検査が違ってくるだろう?だから、胃潰瘍も十二指腸潰瘍も胃がんも逆流性食道炎も鑑別疾患の重要性としては同じ。胃内視鏡をするということにおいてはね。
「採血、胃内視鏡、超音波、CTをすればだいたいわかるんですね」
消化器内科ではそれに加えて腹部単純X線写真をルーチンにしているんだけどね。CTを撮るかどうかは最後に判断するんだ。
鑑別疾患の大切さを実例で紹介しよう。ある年の研修医と当直をしていたんだ。患者は80過ぎのおじいちゃん。40度の熱発で救急車で搬送された。自発語はほとんどなく横たわっている。鑑別診断をあげてもらった。
「感冒、急性扁桃腺炎、気管支炎、肺炎・・・。」
それ以外は?
「・・・」
それじゃあ、診察をしてごらんと言ったら、その研修医胸部を聴診して、異状ありませんと言ったんだよ。それだけ。他になし。あきれてしまって、あごが外れるかと思ったね。
試しに、それ以外の鑑別疾患をあげてごらん。
「髄膜炎、胆石胆嚢炎、急性虫垂炎、敗血症・・・。」
うんうん、よく出たね。そうだろう。そう考えると項部硬直を確かめるだろう?お腹を触るだろう?鑑別疾患として何を考えるかによって、何をしなければならないかが変わってくるんだよ。鑑別疾患が四つ。その中に正解がなかったらと考えてごらんよ。怖くないか?
「怖いです」
そう考えれば鑑別疾患を並べる意義がわかるだろう。10個でなくとも、5個でもいいのさ。その中に正解があればね。でも今の君たちには10個上げてもらうことに慣れてもらった方がいいね。「背部痛」「下腹部痛」「嘔吐」「下痢」「便秘」考えておいてね。
「レポート必要ですか?」
up to you!
でもいいかい、これだけは覚えておいてくれよ。僕ら指導医は基本的に君らに答えを教えようとは思っていない。君ら自身の口から解答を導き出すように手を替え品を替え質問をしていくんだよ。こういうのをcoachingっていうんだけど知ってる?
「そうなんですか」
ビジネスの世界では常識なんだけどね。
僕が君の潜在能力を引き出してあげるよ!