医大を卒業した『新米医師』は国家試験を合格したから医師として仕事ができるわけではない。臨床研修を経験し、一人前の『お医者さん』と言われるまで、一人立ちした『医師』としての自信と責任感を持てるまでには五年から10年はかかる。それでも、我々先輩医師からすると「一端」の医師でしかない。そう我々先輩医師でも日々勉強し、最新の医学知識を吸収し、腕を磨き続けなければならないのだ。そう医師は生涯をかけて勉強し続けなければならないのだ。
平成16年から新臨床研修医制度が始まり、『新米医師』である『研修医』は大学付属病院だけでなく、市中病院でも研修医を教育するようになって5年。しかし、多くの病院では、その『指導医』は専属ではなく、『臨床医』としての仕事の傍ら研修医を教育している。
医療は病を抱えて悩める患者さんと真摯に接してゆかなければならない非常に繊細で複雑な環境である。そして、医師は命を扱う責任の重い職業で、また同時に、慈愛、寛容と忍耐を持ち合わせ、それに体力を要求される。簡単にできるものではないが、やりがいのある職業でもある。だから我々『指導医』の役割は『研修医』に命を守る専門分野の知識と技術の修得に加え、社会人としての教養を身につけさせ、医師としての的確な人格を涵養させてゆかなければならない。加えて、患者さんへの共感(Empathy)を持つことを伝えてゆかなければならない。
『研修医』を鳥に喩えるなら、卵から孵ったばかりのヒナ鳥。まだ自分で餌を捕ることもできない。でもSpoon Feeding(手とり足とり)の教育では自立しない。あるべき教育の姿とは、Teaching(教育)、Coaching(指導)、Learning(学習)のバランスを保たれることなのである。
『医師』という職業にプライドを持ち、常に患者さんに対して真摯に向き合ってきた著者が実体験をもとに『指導医』として、『研修医』に体当たりで等身大の教育を実践している。『研修医』を良き『臨床医』に育て上げるために、激(たぎ)る想いを情熱に変えて指導する姿をときにユーモラスに、ときにペーソスを交じえながら、1人称で100話の金言として紹介する。医療という人間の不安や焦燥、そして様々な葛藤が生々しい現場だからこそ、その教育の価値が引き立つ。多様な状況で様々な症例を通して、ときに親として、ときに兄として、また友として優しさと厳しさを持ち併せながら本音で『研修医』に語りかける人生の指南書。
しかし、これは決して研修医教育の標準を提案するものではない。著者の指導の一場面を切り取りながら、雑学の集大成かつ自分史として紹介することによる『研修医』のための自己啓発書である。反面教師とするもよし。
と同時に、ビジネスマン向けの実用書としても企画されている。すなわち上司が『指導医』として、部下が『研修医』として、それぞれに立場に置き換えて読むことも可能だ。

←このマークがあるタイトルは閲覧可能です!
目 次
本音で「医道(いのみち)」について語ろう|良医となるための100の道標(みちしるべ)