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【3/23付】ブルネイタイムズ

ブルネイタイムズに当院初期研修医ノーシャリナ・シェイクスピア先生の記事が紹介されました

ブルネイ人福島に行く −25才のブルネイ人医師が南東北病院でインターンを開始−
(シャーリーン・オスマン署名)

 ブルネイ人医師ノーシャリナ・シェイクスピア(25才)は、マグニチュード9.0の大地震および津波が東北地方沿岸を襲った時には、ブルネイに滞在していた。数日後、彼女は東京医科歯科大学の卒業式に出席するため東京に向かった。
 先週金曜日、彼女は、医師国家試験に合格したことを知った。その意味するところは、彼女は総合南東北病院においてインターンシップを開始するということである。同病院は、3月11日の地震及び津波を受け、原子力発電所に於いて多くの爆発があった福島県のまさに中心に位置している。
 彼女は、放射線の恐怖をものともしていない。
 今週土曜日、彼女は東京から高速バスに乗り、4時間かけて福島の郡山市に向かう。
 彼女は、2004年、日本政府より、文部科学省の奨学金をオファーされた。彼女は、卒業年次に南東北総合病院において2年間のインターンを行うことを決めた。
 「ブルネイタイムズ」紙による電話インタビューで、この楽観的な新卒業生は、インターンの場所を他の病院に変更することを考える理由はないと述べた。
 「病院は爆発のあった場所から50km以上離れている」と言ったノーシャリナは、日本政府による半径30km圏内の退避命令(ママ)と意識していた。
 「私は心配していない。十分な報道により、微にいることまで豊富な情報を得ることができる」と彼女は穏やかに述べた。
 「私は、万一何かが起こったとしても、現行の退避計画を信頼している。」
 彼女は、恐怖に圧倒されるより、自分の仕事を始めるために被災した県に向かうことへの意欲の方が強い。
 「退避により病院には多くの患者が来ている。特に私が向かう地域は。現在、病院は本当に人手を必要としている。」
 「私がインターンを始める時には、私にはまだ十分な経験はないだろうが、患者を助けるために私はできることは何でもする」と彼女は述べた。
 ノーシャリナは、7年間、東京に住み学んだ。彼女がフェイスブックのメッセージにより、マグニチュード9.0の地震が日本を襲ったことを聞いたとき、ブルネイで休暇を過ごしていた。
 「私はすぐにニュース番組をつけ、津波が宮城を襲う映像を生放送で見た。信じられなかった。」と彼女は述べた。
 彼女は、福島にある原子力発電所のひとつにおける爆発に関するニュースにも衝撃を受けた。「何ということ、そこに私は行くのだ!」。
  その後、彼女は、地図を調べ、原子力発電所は彼女が住む予定の内陸部に近くないことを知り安心した。
 彼女は、金曜日に卒業式に出席する予定であったが、安全上の懸念及び被災地の周囲には不安が残っていることから、卒業式はキャンセルされた。
 「私は、両親を卒業式に招待していたので落胆した」と彼女は述べた。
 両親の日本行きのフライトの前日、大学は学生にキャンセルを知らせる公式な電子メールを送付した。
 「両親に申し訳ないと感じた」と彼女は述べた。
 「卒業式のために着物を着ることができ、友人と会うことができる最後の一日なのに」と彼女は述べ、電話で無念さを伝えたものの、彼女は大学の決定に理解を示した。
 彼女の両親は、卒業式に出席するため、3月19日に東京に向かった。
 今週土曜日に、両親はブルネイに帰り、ノーシャリナは福島行きのバスに乗る。  「高速バスの中には未だ運行を再開していないものもあるが、私が出発するまでには、私が乗るバスの運行は始まっているだろう。」と彼女は述べた。
 ノーシャリナの両親は、当初、引っ越しを手伝うために彼女と郡山市に行く予定であったが、総合南東北病院から、その地域は未だ退避勧告下にあるため、そうすべきではない旨が助言された。
 「たとえ、私たちが何とかして郡山市に向かう移動手段を確保できたとしても、その後、両親が東京に変える移動手段を見つけることは困難だろう」と彼女は説明した。
 彼女のインターンは4月1日に始まる。彼女は病院の隣に住もうとしている。
 「そこはガソリンも十分になく、ガソリンスタンドも閉鎖されているから、私は移動のために自転車を買うつもり」とノーシャリナは述べた。


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